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うたう旅人「ちゃる」のブログ Singing is Drawing ~歌うことはつないでいくこと~
by charu725
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skin by excite
5/18-20 MasaiMaraにて
ナイロビで2泊3日のツアーを組んで
マサイマラ国立保護区に行ってきました。

途中の道がいきなり川になる瞬間を目撃。

バイクも見事に。。



僕らの車も3回ほどスタックして
最後は近くに住んでたマサイ族に助けてもらい
一緒に車を引き上げる始末。。




謝礼をドライバーが支払ってたけど
マサイ族はメッチャいい人でした。




マサイ村

ダンスと踊り?で迎えてくれました。
踊りはひたすら皆、ジャンプしてる。



この跳躍力はさすが。

火起こしも披露してくれたんだけど
これがものの1分くらいで見事についた。


今は禁止されているはずのライオン狩りについては
15歳になるとライオンを狩りにいく試練があると言っていた。

この帽子はライオンの皮でできてる



今のマサイ族の生活は
携帯とGショックを片手に必要なものはスーパーに買いに行く。
スタックした車を助けてに来てくれた人たちは
ほとんど民族衣装ではなく普段着だった。


でも、流石に銀行口座は持ってないとのこと。
そんなに多くのお金は必要ないと。



マサイの男性がお嫁さんを貰うときには牛二頭を支払うのが相場らしい。
そして、お嫁さんは2ヶ月かけてお家をつくり、その家には10年以上住む。

ちなみに牛は1頭1万5千円程度。マサイ村への入場料は一人1000円。
観光業が生業になりつつある。

これが現実なのだと思う。





マサイマラ


ライオン
近づいても全く動じず。。



ゴロリンごろりん





チータ
草むらに逃げ込んだ所を発見

こちらもお昼寝でした
一番テンションあがった



失礼します



シマウマ
しなやかな動き


サバンナモンキー
お母さんの背中に


バッファロー
角が髪型に見える。。


マサイキリン
めっちゃ愛らしい

見てると幸せな気持ちになる


こちらはタンザニアのンゴロンゴロとの境界線



残念ながら、
ハンティング&捕食シーンは見れませんでしたが
充分楽しめました♪



大草原の夜景は言うことなし




# by charu725 | 2012-05-20 17:47 | Kenya | Trackback | Comments(2)
5/12-15 Burundi-Tanzania-Kenyaへ
ブルンジ側の国境の町、koberoまでは5時間ほどで到着。
そこからなんと、タンザニア側国境までは7km!!

最初、バイクタクシーの兄ちゃんが嘘ついてると思って
普通に歩いてたんだけど、一向に着かず。。。

ずっと後ろから着いてきた兄ちゃんのバイタクに結局乗りました♪笑


タンザニア国境の町はkabanga。
結局、Mwanzaまでは明日の早朝バスしかないようなので
ここで一泊。

早朝5時に出発。

14時間かかるって係員が言ってから
空ろうつろしながら外を眺めてました。

半分くらい過ぎたくらいに
ふと気づくと、このバス、、、フェリーに乗ってます。

バスごとね。


もとから知ってたら全然たいしたことないんだろうけど
知らなかっただけにかなりエキサイティング。

ビクトリア湖をフェリーで30分ほど堪能♪




うん、素晴らしい。


ブッシーシからキゴンゴまでのフェリーのようで
これで大分時間短縮したのでは??

19時にムワンザ到着の予定が15時くらいには着いてました。
ラッキー♪


おかげでサンセットが見れた。

ムワンザ港からの景色。






あ~ここからも日本がつながってるんだなぁ

と感慨に浸ろうとしたけど
一瞬で、ここはビクトリアレイクだ、、
と気づきました。

頑張ってもケニア止まりです。



ムワンザからはケニアとの国境の町シラリまで7時間ほどバス。
イセベニア(ケニア側)からも夜行バスで7時間ほどでナイロビ帰還。


さあ、ここで色々と準備をしなきゃです。

# by charu725 | 2012-05-15 16:36 | Tanzania | Trackback | Comments(0)
5/10-12 Burundi bujumburaにて
ブタレからブルンジの首都ブジュンブラまで5時間ほど。
国境ではイミグレーションでちゃんと並べない人たちが多くて
「あぁ、こういう国か。。」とちょっとガッカリ気味だったのだが
ブジュンブラに着くと、めっちゃ人懐っこくて良い人ばかり!

今だにフツ族とツチ族との間に衝突があるとは思えない。


近代化こそケニア、ウガンダなどには劣るように見えるけど
緑の多さとスレてない人々も良い。


子供たちが寄ってくる寄って来る。。




街はサッカーしてる人が多い

ランニングもたくさん見かける




街を歩いてるだけで友達がたくさん出来ていく。
色々案内してくれるけど、マネーとは一度も言ってこない。






そして、何より最初にお世話になったのが
ブジュンブラで車の販売をしているパキスタン人。

神奈川県で10年暮らしていたらしく、
今は家族が埼玉にいるとか。

その時、日本人に大変お世話になったので
今日、僕を見つけるとお店の中に入りなさいと言って
コーラをご馳走&宿までタクシーで送ってくれた。


「日本人は99%良い人だから、会えただけで幸せです」
とのこと。

こんなに嬉しい言葉はない。
先人たちに感謝です。

# by charu725 | 2012-05-12 16:20 | Burundi | Trackback | Comments(0)
5/9 RWANDA butale&mulanbiにて
キガリから南西へ2時間ほどバスで走った街ブタレ。
そこからギゴンゴロへバスで30分、そしてバイクタクシーで3km行った所にある
ムランビのジェノサイドメモリアル。



ここは大量虐殺の現場となった学校があり
今も死体がミイラとして残されていた。

教室は何個もあって、ひとつひとつ入っていく。

防腐剤が使われているようだが、臭いもする。

見てすぐに子供と分かる小さい亡骸。


どのようにして殺害されたのか?銃やガスかと?
スタッフに聞いたところ

「ほとんどナイフで殺された」
とのこと。


虐殺の時に主な武器として使われた
マチェーテと言われる刃物やクワなどの農耕具は
先日、ウガンダの子供たちと一緒に自分も使っていたものなので、
とてもリアルに恐ろしく感じた。


あの道具で人を殺せてしまう
しかもこんなに多くの人を

ひとりずつ




途中、吐き気がしてもう止めようかと思ったけど
この過ちを繰り返さないということを誓いながら
全ての教室を回った。


外にはフツ族を支援していたとされるフランス軍が
虐殺中にバレーボールをして遊んでいた場所、なども印されていた。


このような経緯から
ルワンダはもともとフランス語圏だったが、
英語圏への切り替えを進めている。


NHKのドキュメンタリー
『なぜ隣人を殺したか~ルワンダ虐殺と扇動ラジオ』では犠牲者80万人。
容疑者として捕らえられているフツ族は13万人。
この虐殺にはラジオの煽動報道があったと伝えている。


ツチ敵視政策を進めていたハビャリマナ大統領の乗った飛行機が墜落。
それが起こることを知っていたかのようなラジオ放送の予告。

その後、ラジオ放送は、ツチ族が犯人であると断定し
執拗にツチ族を殺すように煽動する。


今まで同じ村で暮らしてきた
隣人を殺すことになる。


ツチ族をかくまうフツ族も狙われる。


殺すか殺されるか。


いつかの日本と同じ状況。


もちろん、ラジオの煽動報道だけが
虐殺の原因ではない。


ただし、大量虐殺へと導いたのは
情報操作の力が大きいように思う。


今でも情報をコントロールしている国は危うい。
限られた情報の中で個人の判断を迫られることになる。


結局は個人の判断の積み重ねが
大きな過ちを生みだしてしまう。






ただ、ルワンダの大量虐殺が起きた状況でも、
加害者にならない人がいる。


ツチ族をかくまい、
自身も生き残った人がいる。



正しい倫理観を持った人を
一人でも増やすこと。



これが平和への一番の近道であると
心から思う。



# by charu725 | 2012-05-09 16:12 | Rwanda | Trackback | Comments(0)
5/6-8 RWANDA KIGALIにて
NEWTOPIAを後にし、カリバリヨからニヨンダと言う町へバスで北上してから、
運よく国際バスをGET!そこからキガリまでダイレクトに9時間ほどで到着。

思った以上に近代化している街並み。
VISAの使えるATMもある。




音楽は現代的なPOPSが流れ
人々はオシャレで洗練されている感じ。

そして何より優しい。

(もちろん、ツーリストビジネスの人達は吹っかけてくるけど。。)




kigali genoside memolial
写真と映像で1994年の虐殺の模様を伝えてくれる博物館。


今まで家族同伴に付き合っていた隣人。
ツチ族とフツ族。

民族を越えた結婚は日常的に行われ
見た目も区別がつかないほどに混血が進んでいた。


そんな中で隣人、家族の中での殺し合い。

ツチ族とツチ族を擁護した穏健派のフツ族の犠牲者は
80万とも100万とも言われている。


そして今はまた共に暮らしている
という複雑な状態。



ツチ族の女性は語った。

「5%の人だけがニュートラルでいられた。
残りの90%以上は悪魔だった。」



今のルワンダは、そんなことを感じさせないくらいに
近代的で倫理観があるように思える。


道端の人には聞けないので
ミュージアムの係員に尋ねてみた。


人々は互いに許しているのか?
今、どうやって暮らしているのか?


「隣人同士はacceptしている。ただし、forgiveはもっとパーソナルな関係。」
「we are still on the track,on the way..」

と語ってくれた。


ツチ族の反政府軍がルワンダ軍を破った後、
ツチ族はフツ族にリベンジしなかったのか?

「リベンジは無かった。リベンジすれば捕らえられる。」
「新政府は『われわれはひとつだ』というメッセージを発信し続けた。」


スタッフの人たちがさかんに唱えていた言葉は

reconciliation = 和解
辞書で引くと「争いをやめて、相手とのよい関係をとりもどすこと」


和をもって解かす。

和というものには
相手を大切に思う心と人間の理性が必要だと思う。


人の心と理性をもって
時間をかけて解いていく


自分はそう理解した。


# by charu725 | 2012-05-08 23:01 | Rwanda | Trackback | Comments(0)
5/3-6 NEWTOPIAにて うたうた♪
カンパラから4時間ほどバスに揺られて
カリバリヨで下車。

そこから10分ほど歩いてNEWTOPIAに到着。


ウガンダにはこのような孤児院がたくさんある。
多くはHIVで親を失った子供のため。


このNEWTOPIAも何らかの理由で
親のいない子供達が自給自足の生活を送っている。


教育のキーワードは「正直、努力、責任」



子供たちと生活を共にする。
同じように振舞ってみる。


workの時間はそれぞれ分担に分かれて作業

1日目は植林。

もともと荒地だった土地に
これまで4000本ほど植林し、2500本が今も生きているとのこと。

鳥たちは耳をつんざく程に(という意味が初めて分かるほど)鳴き、
ずっと遠くの空まで見通せる野原が広がる。

植林作業はロープを使って等間隔に印をつけていき穴を掘る。
そこに庭で育てたプラントを埋めていく。

久しぶりにさわる土の感触は
冷たくてとても気持ちが良い。

子供たちは体全身をつかってクワを打ち下ろす。
とても慣れた感じで板についている。

逞しい。




と、作業の合間に何かを口に運んでいる。
何をしているかと思ったら、、

なんと蟻を食べてる!!!


羽蟻がたくさん飛んでいるのは
気づいてたけど、これ食べれるんだ。。

2~3分、躊躇ったけど僕もトライ!

んん、思ったよりは口の中で暴れない。
一瞬だけ香ばしい味がした♪


僕がひどい顔をしていたようで
「日本人は滅多に食べないよ」と笑われた。




植林を終えると洗い物をしている子供たちのところへ。

マザーハウスと同様、3つのバケツに順番に入れていく方式。
当然、最初のバケツの水が一番汚い。
水を節約するためには最善な方法なのだと思う。

体を洗う水は、井戸から汲んだものを焚き火で温める。

大きい子が小さい子の面倒を見る。
子供が子供を洗う。
石鹸まみれになっている。
とても愛らしい光景。


夕食は豆のスープとウガリ。
スプーンはないから手で食べる。
手ですくうというよりは手に絡めるという感じ。

べっとり絡めないとスープが減っていかない。。笑


ウガリの量がたっぷり過ぎたので
子供たちに食べたい人って聞いてみると
みんなガンガン手が上がる。

日中、あれだけの肉体労働をしてるのだから納得。
明日も頑張らなきゃね。


二日目

にわとりの鳴き声で起床。

体操してランニング。
そして火をおこして朝食のスープを作る。

とうもろこしの粉末と砂糖を温めたもの。


掃除。
箒がたりなければ、草を使う。
隙間の掃除は小枝を使う。

何でも応用して使う。


今日のworkは雑草刈り。

クワを使って、雑草を刈っていくが
子供たちはその途中で足を使って草についた泥を落としていく。
だから皆、裸足で作業をしていたのだ。納得。


自分も何か編み出そうと考えたが
仕事の最後に大きな葉っぱが受け止めた水を使って
「手を洗う」くらいしか思いつかず、、笑

いくつもの葉っぱから
少しずつかき集めて、ようやく手はキレイになった。
が、あまり実用的ではない。



土の中には本当にいろんな虫がいる。
人間の数より遥かに多いこの小さな生き物たち。

彼らのピラミッドは果てしなく続いていく。


昼食を作るときは
朝使った火の残り墨から火種をみつけ紙で火を大きくする。
アイロンも木炭を使うタイプなので、残ったものをつかいまわす。
朝と昼、食事と洗濯の連携。

昼間のうちに水を汲んでおけば温まる。
毎日の積み重ねで今の仕事がある。


ウガンダの主食はバナナのスイートポテトみたいなもの。
これは緑のバナナを剥いて葉っぱで包んでひたすら蒸して作る。

ウガリはとうもろこしの粉末を沸騰した湯に溶かして
ひたすらコネて作る。

ウガンダの食事情にとうもろこしとバナナは欠かせないもの。


子供たちは、
数ある作業を日替わりで実行していく。

男女の区別はない。
女もクワを持ち、男も鍋を見張る。


誰かに指示されるわけでもなく
自分たちで実行していく。


幼稚園から小学校くらいの子供達が

そう、全て自分たちで出来るのだ。



3日目

workは薪集め。

学校裏の林に薪を集めに行く。
ナイフで余計な部分を切り落として
バナナの幹の皮を使って縛る。

皮の長さが足りない時は先端に結び目をつくり、皮を縦に割く。
すると長さが二倍になる。



子供達がworkしてる姿

本当に逞しい


その彼らの姿を写真に収めたかったが
その時は自分も一緒にやってるので撮れない。


そのかわり昼食のあとのフリータイム。
一番笑顔の溢れる時間。


















突然の土砂降り






NEWTOPIAは自給自足のwildlifeと
文化的な学校生活を両立している。


学校はとても綺麗、清潔。

子供達は
たくましいと思う時があれば、子供だなぁと、思うときがある。
workの最中にどうしても遊びに切り替わる瞬間がある。

素直だなぁと思えば頑固だなぁと、思うときがある。
自分の仕事にプライドを持ってる証拠。

そんな子供たちと短いながらも充実した時間を
共にすることができた。


夕食後は
全員で30分近く、何曲もフェアウェールの歌を歌ってくれた。


踊りのセンスが凄まじい。
血の違いを感じる。


そして自分も御礼に歌を。


1、鈴
2、冒険者たち
3、Nomad
4、One pure smile
5、Nomad(アンコール)
6、Drawing

Nomadは特に気に入ってくれたようで
アンコールを頂いた。
サビがシンプルだから一緒に歌ってくれました♪



そして最後にもういちど、みんなで歌を歌ってくれた。


3日しか居れなかった自分のために
全力で歌い踊ってくれた子供たちの姿は忘れられない。

そして今回はオーナーのカマウさんが日本に帰国されていて
お会い出来なかったので、別の機会に訪れたいと思います。



大きくなった子供達にまた会えますように

# by charu725 | 2012-05-06 23:50 | Uganda | Trackback | Comments(2)
4/26-5/2 Uganda kampalaにて
ナイロビの大雨に見舞われ
びしょぬれになりながらも
19:30のバスに乗車。

アフリカでは珍しく
予定より僅か10分遅れで出発。

明け方の5時頃Busiaに到着。
アライバルのシングルビザを50ドルでGETし
無事にウガンダ入国。

そこから6時間近くかけて首都のカンパラへ。


この街もナイロビにひけを取らないほど
近代化している。


アフリカって感じがしない。

しかし、緑が多いのもナイロビと同様。
とてもいい感じだ。


難点は、
排気ガスがハンパない。。。

半日歩いただけで喉に違和感が。。


そして、TouristInformation遠すぎ。。笑
市の中心部から一時間近く歩いたところにあるなんて。。。

めっちゃ、のどかな雰囲気の場所にありましたよ。
みんな日陰で休んでる。




寝転びねころび~


ライダーも木陰で


日陰ってなんだか良いね♪
素敵な場所だ。



カンパラでは
ルワンダのビザをget!
1ヶ月シングルビザが30ドル。
9時~12時に申請。
翌々営業日以降の15時~17時まで受取。

僕は運悪く土日とメーデーが重なり
結局6日間待つことに。。
スタッフの間違いもあり、おかげさまで四往復もしました。。泣





この町には教会やモスクの他に
ヒンドゥ寺院とシーク教寺院がある。

日曜日にはシーク教を訪れ、
無料で振舞われる昼食を頂いた。

ウガンダでカレーが食えるなんて。。!!
有難き幸せ。

色々と話を聞いてみると、カンパラは
インドから移り住んできた人が多いみたい。

たぶん裕福な人たちで
子供たちもとても綺麗な格好をしていた。

ちなみにここでは普段ターバンはしてません。
寺院に入った時だけ身に着けてる。



それから、付近のMabira forestへ行ってきた。

夏の匂い。
蝉の鳴き声。
瑞々しい森の中。
夕立も葉っぱたちが守ってくれる。



蝶々
すばしっこいな~
ヒラヒラと連なって舞う

その姿は撮れず。。笑



とんぼ
鮮やかな色



巨木
なんとも言えない曲線


子供たち



森から突然現れた


カンパラの人々は本当におとなしい。
バスの車内でも一言も話してる人がいない。
子供たちも写真とっても、寄ってこない。
ちゃんとポーズはとるのだけど、、ニコっと手を振ってバイバイ♪

とても素直な印象を受ける。

明日からNewtopia(日本人オーナーの孤児院)へ向かいます。

# by charu725 | 2012-05-03 01:01 | Trackback | Comments(2)
4/18-25 nairobiにて
モヤレから24時間のバス旅の後
雨で泥まみれになったケニアのナイロビに到着。
歩くのも大変。。

第一印象はインドより酷い。


この時期(3月~5月)は大雨期というから
ヤバイときに着いてしまった。。



と思ったのも束の間、
宿に向かう道の途中は
ヨーロッパかと思うくらいの近代的な街並み。

ショッピングモールもめちゃ綺麗。

そして緑が多くあるのも素晴らしい。


治安はかなり悪いとされていたが
昼間歩く分にはダウンタウンも特に問題はないと感じる。

さすがに一眼レフのカメラは出したくないけど、、
ナイロビの人々も優しい人ばかり。

レストランやショップのサービスもとても感じが良い。

笑顔で接客できるって素晴らしい♪




うん、でも、やっぱり難点は雨でした。


先日は雨と雷で一日中停電で、
宿のテントサイトも洪水になって
張ってたテントがあやうく水没しそうになって
宿へ強制非難なんてことも。。


パソコンもカメラもギターも
全部おじゃんになるとこだったよ。


この雨はマジで頂けない。
早く出発したいのになかなか出れない今日この頃。


でも最近、自分の中で革命が起きています。
今まで30年間生きてきて、
食事には全く興味がなかったのだけれども
料理の楽しさを知ってしまった!


やばい、カメラも料理も面白い。
次はさて何でしょう♪





そして、仲間たちとのお別れ。

これほど長く一緒に旅をしたケースは初めてなので
感慨深い。


清君からは餞別で自身がつけていた
チャリ旅のお守りミサンガを譲り受けた。



その魂受け継ぎます。
本当にありがとう。



ひとりで行くべき時というのは必ず訪れるもの。

「別れ」というよりは
「それぞれの道を行く」という言葉の方がしっくり来る。


迷わず進め




# by charu725 | 2012-04-28 01:07 | Kenya | Trackback | Comments(0)
4/16 moyaleにて
エチオピアとケニアの国境の町モヤレ。
コンソからここに来るまでも一苦労。

ファスト期間明けなのでパブリックバスが無い。
でも、お前らが200ブル払えばバスを出すと。

一緒に待ってる現地人に幾ら払うのか
確認すると100ブルだって。

それを伝えると今度は逆切れで500ブル払えって。
どういう理論ですか、、

本当に面倒くさい人たちだったので
警察官を呼んで、助けてもらう。

結果的には現地人と同じ100ブル+荷物代の20ブルで決着。

公共交通機関で
ここまでボッタくりがひどい国は初めてだ。

さらばだ、エチオピア。


モヤレで入国と出国の手続きを済ませて
ケニアへ。


なんとも虫が多い。
この街。

しかし、南京虫はケニア側には居なかった。

スーダンとの国境でもエチオピアに入った瞬間に
南京虫がいたからな。

不思議だなぁ。

結果的には、南京虫には一度も刺されることなく
エチオピアを脱出成功!


そして、ケニアの人々は
今のところかなり良い感じです♪

# by charu725 | 2012-04-16 18:21 | Ethiopia | Trackback | Comments(0)
4/14-16 konsoにて
カイヤファールから3時間ほどの町コンソ。

今回はバスが捕まらなかったので
ISUZUのトラック荷台に乗ってGO!

外国人は乗せちゃいけないらしく
座っていく必要があるのと

途中、ヤギが乗ってきて
かなりの臭いを発していたのを

抜かせば、、かなり快適でした♪笑



コンソはガイドを名乗る輩が多くて
かなり面倒くさい。

景色はとっても、のんびりとしてるんだけどな。。

コンソの女性はフリフリの可愛いスカートをはいてます。




そして、到着した次の日が
ちょうどファスティング(断食)明けのフェスティバル。
エチオピアのクリスマスだそうだ。

何が起こるのかと思ったら、、

明け方4時頃にいきなり外で大歓声が上がって、、
太鼓と歌で大合唱。

そのまま大行列で歌いながら町を行進していく。



うん、寝れません。。笑



もう町中がホリディという感じで機能が停止。

バスもなければ、飲食店も飲み物しか出さない。
売店もほとんど閉まっている状態。

そんな中で、卵料理専門的なお店を発見。
サンドイッチらしきものを食べることができた。

そして、お会計を済ませて帰ろうとしたときに
コーヒーはいかが?という感じで無料で振舞ってくれた。

エチオピアでお金を要求されること無しで
こういうおもてなしは初めて。

終わり良ければ全て良し。

いい人はどこにでもいるんだ。

# by charu725 | 2012-04-16 18:12 | Ethiopia | Trackback | Comments(1)
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