世界一周のうたたび ちゃるのあしあと


うたう旅人「ちゃる」のブログ Singing is Drawing ~歌うことはつないでいくこと~
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カテゴリ:Mali( 5 )


1/9-2/4 Maliにて思うこと

ジェンネの夕日
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1/10に見たMali Djenneの夕焼けはこんなに美しかった。

でも時を同じくして、
この美しいシルエットのGrandMosqueからアナウンスがあった。
イスラムを名乗る武装勢力がジェンネの北120km圏内に迫っていると。

僕は翌日(11日)の朝一でジェンネを離れ
14時間かかって逃げるように首都のバマコへ。

12日のニュースでフランス軍の介入が始まったことを知った。

バマコの民衆は凄い歓声をあげて、
フランス軍を称えていた。

双方に犠牲者が出ている、という点で手放しでは喜べない。
どんな背景で武装勢力が戦っているのか。
誰が支援をしているのかも真実は分からない。

でも僕自身、他国の民衆の命を救うために、命をかけて助けに来てくれた
フランス軍実行部隊の方たちの働きには涙が出そうになった。

現場では、戦争産業だとか軍産複合体の話などは一切出てこない。
家族や友人の命が危険にさらされているのだから、当然のことだと思うし
これが戦争がなくならない理由のひとつかもしれない。



陸路の国境は全て閉鎖された。
このタイミングでマリに来てしまったことは
ある意味運命かもしれない。


イスラム教や武装勢力のことを自分なりに調べてみた。
マリ人にたくさん質問してみた。

そこで分かったこと、感じたことをここに記そうと思います。
長文になってしまったので時間のある時にでも。。


11日にフランス軍の介入が始まるまで。
マリ政府はマリのムスリム界で英雄的存在であるハイダラ氏を
ネゴシエーターとして指名し、武装勢力の本拠地と化している
トゥンブクトゥに派遣していたようだ。

ハイダラ氏は武力を使った侵攻をやめるように説得を試みた。
武装勢力側もハイダラ氏に尊敬の念を表し
その場では合意をしていたようだ。

ただし、2,3日後にはまた侵攻が再開する。
またハイダラ氏が説得に向かう。

合意する。裏切られる。
再度、説得に向かう。

これを10回以上、繰り返した。
そして、最終的にはハイダラ氏の命が狙われた。

ハイダラ氏は、精根尽き果て、涙を流しながら、
「もう疲れた。彼らはムスリムではない、テロリストである。」
とマリ政府に伝えた。

それからフランス軍への援護要請に大きく舵が切られたようだ。


多くのマリ人がこのままフランスや西アフリカ諸国連合軍によって
武装勢力が殲滅されることを望んでいる。

イスラム過激派の武装勢力のことは
マリのムスリムの人もファッキンイスラムと言うくらいだから
ムスリムと言えども、理解することが難しいようだ。


そもそも何故、こんな状況が起きているのか。
もともとマリ北部の独立を求めていたトゥアレグ族が
マリ軍の一部のクーデターに乗じて、2012年4月に北部の独立を一方的に宣言。
しかし、トゥアレグ族は徐々に勢力を増したイスラムを名乗る武装勢力との戦いに敗北し、
モーリタニアやブルキナファソ、ニジェールなどの隣国へ。
それからは武装勢力が北部の実権を握り
マリの国土は北と南で分断された格好になっていた。



イスラム系武装勢力というのはWikipediaで調べただけでも
ものすごい数のグループが出てくる。


僕は以前から、彼らの目的が良く分からなかった。
目的が分からないと解決策も見つからない。
そうなると殲滅するしかなくなってしまう。

彼らも命をかけて闘っているわけだから
大切な理由があるはず。

いったんマリ北部の武装勢力に焦点をしぼって
彼らの闘う目的をマリ人の多くに質問してみた。

・厳格なムスリム法をルールとした国家を作ろうとしている。

この答えがほとんどだった。他には

・ムスリムの力を証明しようとしている。
・北部は砂漠地帯なので、南部に侵略してきている。
などの答えがあった。


シャリーアと呼ばれるムスリム法については
例えば、
・酒やタバコは鞭打ち
・盗みを犯した人物は腕や足を切断される
・婚外セックスは石打ちによる死罪(鞭打ちという話もある)
・ムスリムの棄教(離教)は死罪

世俗法に生きている者の感覚からするとかなり厳しい。

僕が出会ったムスリムの多くは隠れて酒やタバコを飲んでいる。
原理主義と言われる熱心なムスリムの人たちは
こういう現状を好ましく思っていないことも想像できる。


実際に今回、武装勢力に制圧された北部の町では
夜に町を徘徊していただけで、盗みをしようとしている
として腕を切断された方がいるようだ。






そして、もうひとつ。
こんなに厳しいムスリム法なので当然のことながら

・殺人は死罪

とのこと。

これはとても重要なポイントだと思う。

ここからは私見だが、仮に武装勢力の目的が

・厳格なムスリム法をルールとした国家を作ろうとしている。

のだとすると、新しい国家を建国した時点で、彼らは死罪になるはずだ。
彼らは自分の首を捧げるつもりだろうか。

この矛盾をどう処理する


今回のマリ北部の争いではジハード
(ムスリムが戦うことを認められている争い。
現在ではイスラムの土地を守る防衛戦争を指すことが多い。)
という言葉は一度も耳にしていない


ハイダラ氏がテレビで伝えていたこと
彼らの目的は、マリ北部で麻薬の密売ルートを確立することにある。
アラブから仕入れたものをヨーロッパに流すのが目的であると。


結局は、金銭目的なのだろうか。

彼らは本当にムスリム?
それともイスラムのヴェールを被ったテロリスト?


直接会ったことも話したこともないので
僕が結論づけることは不可能。


ただ、唯一言えることは、
危険な思想を持ったテロリストは皆殺しにするしかない、
という考えもまた危険すぎる思想。


彼らの危険な思想をどうやったら改めることが出来るのか
彼らの豊富な武器や資金はどこから来ているのか
それを考える努力を忘れてはいけない




僕が今このマリでやっておきたかったこと。
それは「two choices」と「One pure smile」のメッセージを伝えること

首都のBamakoではLiveMusicは全面的に中止されているので
色々と模索した結果、50kmほど離れたKalassaという小さな村で
自分が歌う場を作ることが出来た。



いまマリ北部で闘っているイスラムを名乗る武装勢力は
もともとマリに住んでいた人たちなのか、もはや良く分からない。

ただし、事の発端となったトゥアレグ族に関しては
マリ人の中にも「友達がたくさんいる」という人が多い。
トゥアレグの中には武装したものもいれば、非武装の一般人も当然いたであろう。
争いがひと段落したらマリで共に暮らす時がくるかもしれない。


僕がルワンダで学んだことは
たとえ相手を許すことが出来なくても、まず相手の存在を受け入れること。
そして、時間をかけて少しずつ少しずつ相手を理解していくこと。
ルワンダの2つの民族は今、大量虐殺を乗り越えて共に暮らしている。

そして、もうひとつ。
武器を持った相手を目の前にしたとき、
殺すか殺されるかの究極の選択だと思ってしまう。
でも、ひとりも人を殺めないと心に誓った人には
別の選択肢が出てくるはずだと僕は信じている。
それは、共に生きるという選択肢。
ルワンダでも、誰も殺めることなく自分も殺されることなく
生き残った人がいる。



歌う前に現地のバンバラ語に訳して
メッセージを伝えてもらった。

どれだけ伝わったかは分からない。
でも、拍手が沸き起こった。


ライブの後、この村を歩いていると、
人々は「Mercy!(ありがとう)」と声をかけてくれる。

これは初めての体験。

僕が直接、伝えられたのは50人強くらい。
自分が出来ることは小さく、限られているけれど
何かが伝わったことは確かな気がした。

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その後、バマコに戻って
自分が出来ることを模索していた。

一度、とある高校のひとクラスで
10分だけ時間をもらって歌わせてもらえる予定だったが
結果的には、セキュリティのことを考慮してNGになった。

その代わりにフランス語に直訳した歌詞を
全校生徒に配って頂けるとのこと。


すごい悔しいけど
今、このタイミングで出来ることは
ここまでだと感じる。。


いろんなことがドタキャンになることが多くて
少し疲れてしまった。。この情勢ならば無理もない。


まだ北部の争いは終結してないけれど
マリを離れることにします。


次に訪れる時には

平和で音楽の溢れるマリに
戻っていることを祈って

http://charulog.exblog.jp/i2/
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by charu725 | 2013-02-04 04:56 | Mali | Comments(1)

1/21-2/4 Bamako Mali

アマドゥと念願の再会。
僕にとって命の恩人とも言える彼。

彼も僕のことを命の恩人と思ってくれているようで
これほど心強い味方はいない。

バマコでは彼の弟の部屋に居候させてもらうことになった。
「two choices」「One pure smile」の
フランス語への翻訳も引き受けてくれた。

そして、彼の友達でドイツ語の先生をしているマリ人と
連絡を取ってくれて、その高校で歌わせてもらうことになった。


どうやら今は試験中なので、一週間待たないといけない。
でも、少しでも多くの人に伝えられるならと思って待つことにした。

バマコでは、規制がどんどん厳しくなって
LiveMusicは全面的に中止。結婚式すら中止になっていた。
無理もない。

家の屋上で毎日、ひとり歌って過ごしていた。

一週間は本当に長かった。



そして、いよいよ明日!というとき


高校で歌うことが出来ないと伝えられた。
どうやらセキュリティ上の問題からNGとなったようだ。


ひとクラスだけで歌うことになっていたから
僕の中では60%くらいの可能性でいけるんじゃないかと思っていたけど
やっぱりダメだった。


本当にショック。
もう何もやる気が起きない。


唯一の救いは
代わりに全校生徒にフランス語の直訳をした歌詞を
配ってもらえることになった。

これはありがたい。

何かを感じてくれれば、次回につながるかもしれない。

今回はここまでが限界。
マリを離れることにします。


マリやイスラムを名乗る武装勢力について
僕の考えや発信したいことはこちらにまとめています。
1/9-2/4 Maliにて思うこと
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by charu725 | 2013-02-04 00:04 | Mali | Comments(0)

1/17-20 Siby&Mandinka&Kalassa Mali うたうた♪

バマコでは目立ったことをするのは危険だと判断し
ドゴン族がもともと住んでいたと言われるMandinka(manika)へ。

バマコからバスで1時間ほどの距離にあるSibyという町で
ファミリーの家にお世話になり、
そこから断崖絶壁の上にあるMandinkaへ歩いていく。

入り口ともいえるアーチ
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登ってみるとこんな感じ
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ここからの眺めは壮観
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ドゴン(Dogoni)はSmallBrother、
マニカ(Manika)はBigBrotherの意味。

11世紀に、Manika族の一派を離れて男女8人だけが
別の断崖絶壁を目指した。それがドゴン族の始まりとのこと。

ルーツが同じなので基本的な音楽やダンスは似ている。
ただし、マスクダンスはドゴン族で発展していったのでManikaには存在しない。

宿泊したDogoroという村にて
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これは山羊のお家の上
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Sibyにて土曜日のマーケット
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Sibyでライブをする予定だったのだが
当日ポリスからのNGが出たので、音楽人だけが集まって軽くセッション
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翌日、試行錯誤した結果
4kmほど先のとなり町 Kalassaにてライブが実現
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僕が今のマリで伝えたかったこと
「two choices」と「One pure smile」のメッセージ。

歌う前に現地のバンバラ語に訳して
メッセージを伝えてもらった。

どれだけ伝わったかは分からない。
でも、拍手が沸き起こった。


ライブの後、この村を歩いていると、
人々は「Mercy!(ありがとう)」と声をかけてくれる。

これは初めての体験。

普通は、面識があれば「こんにちは!」「元気?」
面識がなければ「こんにちは!」「チナ(チャイナ)!」「白人さん!」「金をくれ!」
のどれかなのだけれど、
開口一番に「ありがとう!」と言ってくれるなんて。


僕が直接、伝えられたのは50人強くらい。
自分が出来ることは小さく、限られているけれど
何かが伝わったことは確かな気がした。

もう少し、ここマリで
自分が出来ることを模索します。


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追伸:
マリやイスラムを名乗る武装勢力について
僕の考えや発信したいことはこちらにまとめています。
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by charu725 | 2013-01-20 05:34 | Mali | Comments(0)

1/11-16 Bamako Mali

ニュースでは11日の夕方時点で
ブルキナ、ニジェール、ソマリアなどに待機していたフランス軍500人が
マリ軍の援護のためSevareに到着。
激しい戦闘の末に武装勢力はまた北部100km圏外へ退却したとのこと。

またフランス本土からは首都のバマコにフランス軍120人が到着するようだ。

民衆は凄い歓声をあげて、フランス軍を称えていた。

しかし、フランス軍の介入が始まると
14日には隣国のモーリタニアからも武装勢力が迫ってきて
バマコの北400kmにある町ディアバリが占拠された。

またアルジェリアでは16日に邦人含む複数の外国人が
武装勢力に拘束されてしまった。

ある地域を掃討しようとすれば、
他の地域が報復なり援護射撃なりを仕掛けてくる。

本当に厄介だ。

陸路の国境は全て閉鎖されたので
これは運命のようにも感じる。

イスラムを名乗る武装勢力のことをもっと知る必要がある。
彼らのことを知らなければ解決策も見つからない。


内戦中でも前線から離れれば穏やかな日常
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週末は路上で結婚式も
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バマコでの取得ビザ。

ギニアビザ
2ヶ月ダブル60000CFA
申請書、写真2枚、パスポートコピー1枚。即日その場10分で発行。
ビザの発行はGuineanEmbassyではなく、GuineanConsulateに行く必要があるので注意。

モーリタニアビザ
1ヶ月シングル41000CFA
申請書、写真2枚、翌日10時に受け取り。


追伸:
マリやイスラムを名乗る武装勢力について
僕の考えや発信したいことはこちらにまとめています。
1/9-2/4 Maliにて思うこと
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by charu725 | 2013-01-16 05:23 | Mali | Comments(0)

1/9-10 Djenne Mali

8日の朝10時に出発する予定だったマリ行きのバスは11時間遅れで夜21時に出発。
国境はしまっていたので、朝6時半までバスの中で就寝。
それからマリのブラでバスを乗り換えてジェンネに着いたのは9日の21時。

ジェンネではソルジャーをひとりも見かけない。
ここは安全圏と言えるのだろうか。。

英語が出来るガイドのアマドゥと仲良くなったので色々と話を聞いてみる。


9日の夜時点では
ジェンネから100kmほど北のMoptiはマリ軍によって守られているが
Mopoti,Sevareの南にある関所で、外国人の入場を制限しているとのこと。
なので、現時点でMoptiに外国人が入ることは不可能。
(USジャーナリストも一週間前に追い返されたとのこと)

DogonCountryの基点となる町Bandiagaraへは
公共交通機関が基本的にMoptiから出ているので
外国人がMoptiに入れない以上、
行くのはかなり難しい状態であることが分かった。

ドゴン族の村は僕がこの旅で一番訪れたかった場所。
彼らの音楽と踊りに触れたかった。
本当に残念だ。


翌日はジェンネの町を散策。
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トゥアレグ族のショップ
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夕焼け
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この旅で一番と言っても良いくらいキレイに焼けていた

明日もこんな夕日が見れるかな
別の場所で見てみたいな

そんな風に僕がサンセットに見入っている最中
GrandMosqueの拡声器からアナウンスがあったようだ。

Sevareの北部20km圏内に
イスラムを名乗る反政府武装勢力が押し寄せているとのこと。

アマドゥは、マリ軍では押さえきれないほど反政府勢力はパワフルである。
2,3日中にジェンネも制圧される可能性がある。
一刻も早く、ジェンネを離れるべきだとアドバイスをしてくれた。

ジェンネは幹線道路から少し離れた場所にあるので
この道を制圧された時点で逃げ道がなくなってしまう。

この町で白人は僕ひとり。
ムスリム以外は命の危険があることは明らか。
明日の早朝に出発することにした


11日。5時半。バスは何時に出発するか分からないので
アマドゥがモーターバイクを友人から借りて
ジェンネから幹線道路の通るジェンネカリフールまで連れて行ってくれた。

カリフールでMoptiから来た大型バスに乗り、
14時間かかって逃げるようにバマコに到着。

アマドゥには感謝しても仕切れない。
お金がなくてすぐにバマコに逃げることができないという彼に
別れ際、家族7人分の交通費に充分なお金を手渡し、
バマコでの再会を誓った。



追伸:
マリやイスラムを名乗る武装勢力について、
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by charu725 | 2013-01-10 05:08 | Mali | Comments(0)