世界一周のうたたび ちゃるのあしあと


うたう旅人「ちゃる」のブログ Singing is Drawing ~歌うことはつないでいくこと~
by charu
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2/25-28 Saint-Louis Senegal うたうた♪

ダカールから5時間ほど北へ走ったところでサンルイに到着。

のはずが、なぜか途中でドライバーがポリスに捕まって運行停止。。


ほかの乗客も「ドライバーはどこに行ったんだ??」
的な感じで困惑している様子。

今日のバスはただでさえ昼間の11時から18時まで待って
漸く人数が集まって出発!という形だったので
もう笑うしかない。。


どうやらドライバーは近くの警察署にいるっぽいので
乗客みんなで加勢しに行くことに。

英語を話せる人がひとりもいなかったので
状況が良く分からなかったが、僕もついていく。

どうやらドライバーがパーミットを持ってない、
というのが問題のようだ。

実際にはそれらしき紙は持ってるのだが
それが不備なのか、ナンなのか。。

ドライバーが悪いのかポリスが悪いのか
うん、やっぱり良く分からん。。


とりあえず僕は

外国人もここにいますよぉ~
これ以上待たされると日付変わっちゃうので
すごい困ってるんですけどぉ~

的なオーラを出しまくって、ポリスに話かけた。

当然、相手はフランス語しか話さないので通じないのだけれど、
乗客全員で押しかけたのもあってか、最終的にはそのまま通っていいことに♪


ここで2時間以上ロスしたので、
結局は日付をまたいでサンルイに到着。
最近、深夜に着くことばっかりだな。


翌日、街を歩いてみると
これまたなかなか面白い。
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こんな現代的なモスクも
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ピンクがまぶしい女子校生たち
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全面海に囲まれていて、ベンチとかもあるので
ついついゆっくりしてしまう。

ここが僕の練習場♪
ゆるりと人が集まってくる。
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サンルイでブラックアフリカは最後になるので
ちょっと離れがたい気持ち。。
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サッカー選手になるのが夢だぜぃ
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大学生
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船着き場
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もう一泊、、もう一泊、、と続けて
4日目には現地でボランティアをしているヨーロピアングループに会った。
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今日、キャンプファイヤーするから、
ギターもって遊びに来て♪

ということで歌わせて頂きました。
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なぜか「beautiful!」という感想が一番多かった。
髪を結んでいるからでないことを祈ります。。笑

ありがとう♪

これで一区切りかな
ヨーロッパへの期待も膨らんできた

最後の夜にふさわしい
いい思い出ができました


スーダンから数えると13ヶ月間に渡って
お世話になったブラックアフリカ♪

ここでは言い尽くせないほど色々あったけど、
また来れることを祈って
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by charu725 | 2013-02-28 23:15 | Senegal | Comments(3)

2/22-24 Dakar Senegal

8時に宿を出てBanjulからBarra行きのフェリーに乗る。
このフェリーが2時間くらい待たされたのだが
実際に乗ってるのは1時間くらい。。

Barraの海岸が見えてくると
何やら人が集まっている。

一艘の手漕ぎボートが到着したようで、
その場にいた現地人が一斉にボートの方へ。

どうやら、ボートからの降客が濡れないように
肩車をして船から陸まで届けるサービスのようだ。

屈強な男たちが老若男女問わず、肩車をしていく姿は可愛かった。。笑
当然、お金を請求するのだが。。


そこから国境までバスが出ており、
国境からはDakar行きのバス停までモーターバイク。
(1kmくらいだから歩ける程度だったが)

そこから大型バスの出発を2時間ほど待ってDakarへ。
距離的には250kmくらいのはずなのに8時間もかかった。。謎だ。

というわけで、朝の8時に出て24時にDakarへ到着。

翌日は街はずれのビーチへ
奥に見えるのがゴレ島。
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現地人の若い男女のグループが
波の中でたわむれている。

日本の湘南でみる景色と同じで
プロレスみたいになるのだけど

イスラム圏でこれだけ男女が
(いい意味で)イチャついているのは初めて見た。

こういうのはありなんだ。

ビーチとプロレスは本能なのだね。


ゴレ島

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かつて奴隷貿易に使われていた島が
現在は超ツーリスティックな島となっていた。

でも、この島好きだわ。

道を埋め尽くすほど土産物で溢れているが
そのほとんどがかなりクオリティの高い芸術作品。
レイアウトの仕方も何だかお洒落。
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客引きも多いけど、諦めがとても良い。。笑
島全体が潤っているのだと思う。
それが逆に、買っても良いかなという気にさせる。

もし短期で訪れていたら
色々と買い込んでしまいそうだ。


そして何より、
島人の生活感が随所に染み出ている所がいい。
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遺跡と住空間がひとつになっていて
かつてのお城も今はアート工房兼住居という感じ。

1時間半くらいで回れてしまうのだけれども
歩いてるだけでとても楽しかった。

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ギターを持ってたらもっと面白かっただろうなぁ♪
久々に心が躍りました。
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by charu725 | 2013-02-24 18:36 | Senegal | Comments(2)

2/17-21 Bakau Gambia うたうた♪

朝7時でも真っ暗なジガンショール。
8時半にガンビア国境のGiboroまで行くミニバスをゲット。

国境越えもスムーズ。そこから別のミニバスでSerekundaまで。
そこからはタクシーに乗ること15分くらいでBakauに到着。

英語圏なことも手伝ってか久々のツーリスティックな町だ。
ビーチには年配のヨーロピアンがいっぱい。

なぜか若年層はあまり見かけなかったな。

TheBakauGuestHouseはオーナーが日本人にとっても親切。
久しぶりにホットシャワー付のくつろげる宿でした。


LiveMusic

ジェンベのレベルは当然高かったけど
ダンサーがイマイチで残念だった。
ソロパートですら魂を感じないっていう。。

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別のバンドはボーカルのメロディがずっと一緒に聞こえた。。
叫んで下がって、叫んで下がっての繰り返し。
これはアフリカのローカルで良く聞く感じ。

歌詞が分かれば、ロックだと感じるかもなぁ


CrocodilePool

ホントはガイド付けないと触らせてもらえない。
でも隙をみて触っちゃいました。

思ったより硬くて全然動かない。。

彼らはどうして口を開けっ放しで静止してるんだろう。

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池には100匹以上いるらしくて、
たまにのっそりと這い上がってきます。

水草を頭につけながら。。笑
自分で振り払えないみたいね。
カワイイ
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そして、ようやく喉が回復したので
最後の夜は宿の前にてライブ♪

やっぱり Nomad はその場で覚えて口ずさんでもらえる

昔の曲もたくさん歌わせて頂きました。
ジェットコースターも好評♪

久しぶりに歌えて良かった。
自分は歌わなきゃダメなのだ。
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by charu725 | 2013-02-21 20:01 | Gambia | Comments(1)

2/14-16 Ziguinchor Senegal

喉以外は回復したのでビサウを出発し、
セネガルのジガンショールへ。

途中の荷物チェックがかなり厳しくて
トータル3回も中身まで全部出してチェックされた。

相当面倒だった。。
でも、これが本来あるべき姿か。


6時間ほどかかって、ジガンショールへ到着。

特に景色は変わり映えしないが、
小さい町なのでゆっくり出来そうです。



ここの人々はかなりフレンドリーでいい感じ。
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そして、旅仲間から教えてもらった激ウマのレストラン発見。
Faissa
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内装も立体的な絵でカワイイ。
店主のおばちゃんが自分で創ったみたい。
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SanthiabaOuest RueSo-16 ってところにあります。

ジガンショールは屋台がほとんど無いので
毎日通ってました。


さてさて、急ぎ足だけど明日ガンビアへ向かいます。
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by charu725 | 2013-02-16 05:04 | Senegal | Comments(2)

2/12-13 Bissau Carnaval Guinea-Bissau

さて、軽く水シャワー浴びて
カーニバルへGO!


とりあえず、ものすごい人の数。
町の中心は交通を全てストップし、
歩行者天国になっている。

こんな感じの山車も数台みかけた
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たまに止まって近くにいる人たちを盛り上げる。


仮装してる人は少数で
ほとんどの人は普通の格好で
この雰囲気を楽しんでいるようだった。

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22時過ぎまで頑張って起きてたけど体力の限界。
これ以上盛り上がる気配はしなかったので就寝。。



ん、、と思いきや2時ごろ起床。


めっちゃ痒いので、嫌な予感。
電気をつけてみると、、

憎めない佇まいの彼ね。

エチオピアぶりに大量の南京虫クンとご対面♪
ジーザス!


自分は全然腫れないタイプなので
蚊に刺されたのと同レベルだけど
さすがにもう寝れない。


宿のスタッフは酔いつぶれてるし。。
荷物をまとめて屋上で夜明けまで待つことに。

結局、3日間まともに寝れてない。

この宿はConakry-Bissauを同じ車で来た
現地人に教えてもらったのだが、、

別の宿でもう一泊して
ビサウも出ることに決めた。

ビサウはポルトガル語圏で
売ってるものも全然、今までの西アフリカと違う。

ショッピングしたら楽しそうだったけど、、
うん、抜けます。
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by charu725 | 2013-02-13 04:52 | GuineaBissau | Comments(1)

2/10-12 Conakry-Bissauの地獄道

さて、朝9時の時点で人数が集まったビサウ行きのプジョーですが
荷物積むのに2時間以上かかりました。。

なんでこんな荷物積んでるんだ??
僕のギターはどこに乗るのやら。。

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乗客の荷物なんてほんの一握り。
金欲しさのために物搬を請け負っているのだ。

結局、この荷物の問題で検問にたくさん引っかかるのだし、
スタックして押すのも僕ら乗客なんだから
人搬と物搬は分けるべきだと思う。



タイヤが見るからに圧迫されて破裂しそうなので
何度も、これ大丈夫なのか??とドライバーやチケット係りに確認するも

「This is Africa!」
「This is Conakry!」

と得意気な返事しか返ってこない。

ギターは結局、一番上に積まれることに。
そして12時頃に出発。

Bokeという町までは比較的スムーズに行ったが
そこからがかなりの悪路。

案の定、何度もスタックして
乗客全員が降りて押したり引いたり試行錯誤で通り抜けていく。

こういう時はアフリカの女性は手伝わない。
たぶん、俺より力あると思うんだけど。。苦笑


みんなでひとつの問題を解決するっていうのは
一致団結的なノリで楽しめる部分がある。

でもそれが5回も6回もなってくると、
どうしても不満の感情しか出てこない。


最終的には深夜の一時を過ぎた頃に
物凄い爆音がしてタイヤがバーストした。

バランスを崩してあわや横転するかの勢い。
こんな感じで支える羽目に。。

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「This is Africa!」

思わず嫌味を込めて、ドライバーに言ってしまった。。笑


この故障のおかげで、路上で野宿する羽目に。
かなり冷え込んだので一睡もできずに夜明け。


部品を取り寄せないと修理できないと判断したドライバーは
通りかかったトラックを呼び止めた。

どうやらこれに荷物を移して、Koumbiaという町まで
連れて行ってもらう作戦のようだ。

しかし、乗客の僕らはどうするか、というと。

選択肢は二つだと。

1.修理が完了するまで、ここで待ち、完了後にこの車でGo!
2.一度トラックに乗り、Koumbiaでこの車を待ってGo!

って全然、変わらんじゃん。。


しかも、どちらにせよKoubmbiaでこの大量の荷物を全て
元の車に乗せるのだと。

全く進歩がない。。


僕は別の選択肢
3.一度トラックに乗り、Koumbiaで別の車を探してGo!

を提案し、とりあえず車は直せる見込みもないのだから
金を払い戻すべきだと主張したが
こういう理論は全く相手にされず、

払い戻す金はない、勝手に行けと。

とにかく、謝罪や申し訳ないといった素振りが全くないのが腹立たしい。
他人の時間を無駄にしている、という感覚がないのだろう。


結局、乗客全員が一度トラックに乗り
Koumbiaで別の車を探すという3の方法をとった。


Koumbiaのバス停には12人乗りのジープが待っていた。
僕らは9人だったのであと3人。

でも、この残り3人が待てども待てども集まらず。。

ビサウのカーニバルって人気ないのかな。。。汗


すると19時を過ぎた時点で、元のドライバーが
ポンコツの車を運転してKoumbiaにやってきた。


修理が完了したから今日中に出発するぞと。


僕はこの車、二度と乗りたくなかったのだけど
カーニバルに間に合わせるにはこれに乗るしかない。


乗客全員が結局、この車にもう一度乗ることに。


また、元と同じ分の荷物を積む。
21時過ぎにようやく出発。

国境には深夜2時頃に到着。
車の中で6時半まで待ってようやくImmigrationの係官がやってきた。

案の定、賄賂要求があったけどスルー。

ここからはまたかなりの悪路を進み
川を挟んで向こう側にギニアビサウが見えた。

本当の国境はどうやらこの川のようだ。

しかし、ここで最後の難関。

川を渡し船で車ごと渡る必要があるのだが、
その渡った先はかなりの登り坂で
そこでトラックがエンジンストップで立ち往生している。

こいつが動かないと、後続の車は通れない。
仕方ないので、マンパワーで引っ張ることになった。

20人くらいの男が
下から押す係りと綱引きみたいに引っ張る係りと
に分かれて、ようやく坂の上まで引っ張りあげる。


歓声があがる、みんなでハイタッチ!!
やっとギニアに別れを告げられる。


ポルトガル語圏のビサウへ。
無事にImmigrationでスタンプをもらい(賄賂要求はスルー)Gabuという町まで。
そこでミニバスに乗り換えてビサウへ夕方の18時頃に到着。

トータル54時間近くかかった。

二日間まともに寝てないのでふらふら。
砂埃のせいか喉もやられてしまった。

今日がカーニバル最終日。

夜まで続くらしいのでなんとか間に合った。
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by charu725 | 2013-02-12 00:58 | GuineaBissau | Comments(2)

2/8-9 Conakry Guinea

二日前に来た同じ道を引き返す。

検問も同じ奴らと二度目の戦いになるので
相当面倒くさかった。

シオラレオネは「またお前か~!」的な感じで笑顔でかわせるほど
相手も自分が悪いことしてるのが分かってる。

でも、ギニアのポリスは性根が腐ってるので
かなりてこづった。


ギニアの一般人は本当に温厚な人が多いので気の毒に思う。
彼らの寛容さに甘えてこういうポリスが育ってしまうのかもしれない。

なんとかコナクリに到着するも。
体調を崩してしまった。

結局、二泊することに。


病は気から


最近は少しばかり、
相手が間違ってるとか、何かを変えなきゃ
という観念に捉われていた気がする

変えようとしても人は変わらない

発信するだけで良いのだ
受信するのは相手次第

発信するだけ
そう、心をこめて歌うように
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by charu725 | 2013-02-09 04:34 | Guinea | Comments(2)

2/6-7 Freetown SierraLeone

コナクリから車で8時間ほど南下した
シオラレオネのフリータウンに到着。

途中の検問(賄賂要求)がかなり悩ましかった。

個人的に対応するものは全て断ることが出来たが、
ドライバーの指示で事前に乗客の金を集めるようなケースは
どうしても払わざるを得ない状況に。

僕が拒絶するのはみんなの時間の無駄になるから、やめてくれ
っていう感じのことも言われた。

結局、現地人は個人戦もみんな嫌々ながら払っていく。

「物事を円滑にするためのチップみたいなもんだ」と言ってる人も居たけど、
いやいや、これはチップじゃなくて権力の濫用というのです。



この悪い習慣は少しずつ変えていくしかない

って伝えたときに返ってきた印象的な言葉

「Africa Never Change.」

すごく諦めに似た響きだった。

おそらく軍部の権力が強すぎるのだろう。
それに対する手段を一般民衆は持っていないのだ。

従うよりほかない。


少なくとも、、表現の自由があり
一定の倫理観を持った警察のいる
今この時代の日本で生まれたということは
それだけで有難いことなのだと痛感した。



最終的に僕は
ポリスと毎回戦うすごい奴 というキャラになってしまった。

笑顔でスルーしてるつもりでも戦ってるように見えるのか。
それもあんまり良いことじゃないな。

「郷に入りては郷に従え」
という言葉もある。。

でもやっぱり賄賂は払いたくない。。


悩ましい





さて、夜中の20時過ぎについたフリータウン。
町自体はすごく活き活きしている。

翌日は町を散策。
町全体がマーケットじゃないかと思うくらい
どこに行ってもSHOPが乱立し、人が溢れている。

音楽も爆音でかかっているので
町がClubと化している。



そんな中、とても静かで厳かな雰囲気の教会を発見。
St.George's Cathedral
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1828年に建てられたというこの教会。
西アフリカはイスラム色が濃かったので
こういう教会は久しぶり。

なぜか涙が出そうになった。

やっぱり疲れているな、最近は。

ドラムセットも置いてあったので
ミサに訪れたかった。

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残念だが、今回はトンボ帰りです。
あ、町の写真撮ってないや。。苦笑

明日の朝一でコナクリへ戻ります。


ガンビアビザ
3ヶ月シングル100000Le
申請書、写真2枚、パスポートコピー1枚。即日その場で取得。
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by charu725 | 2013-02-07 04:14 | SierraLeone | Comments(0)

2/5 Conakry Guinea

事前に予約していた車のドライバーから朝の2時に電話があり、
バマコのGuineaGareというバス停へ向かう。

予定では朝の6時に出発するはずが
人が既に集まったということか。。

おかげで一睡も出来てない。
でも到着してみると、まだ3人ほど足りない。

寒い中待たされて、
結局、車は6時に出発。

なんだったんだろ。
この4時間を返して欲しい。。


そして、バマコからは24時間かかってConakryに到着。
この道もなかなかボコボコでドライバーがレーサーみたいに
凹凸を避けていくので、久々のクルマ酔い。。

体調はイマイチだが
ギニアの人はとても親切な方が多い印象。

屋台の子供
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お父さんがしきりに、
この娘と結婚してくれと迫ってきた。。笑

アフリカでは良くあることだけど
さすがに若すぎるでしょ。。


ギニアビサウビザ
1ヶ月シングル200000ギニアフランで翌日発行。当日だとプラス50000と言われる。
申請書も何も書かずにパスポートと写真一枚で発行してくれた。


ギニアビサウの大使館に行って判明したのが
ビサウのカーニバルが2/8~12までとのこと。

勝手に2月後半だと思ってたのだが
もうすぐじゃんね。。

間に合うか分からんけど、
一週間でギニア→シオラレオネ→ギニア→ギニアビサウ
という超弾丸ツアーをトライするしかない。。

きついけど不可能じゃない。

うん、やるしかないでしょう。
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by charu725 | 2013-02-05 04:09 | Guinea | Comments(0)

1/9-2/4 Maliにて思うこと

ジェンネの夕日
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1/10に見たMali Djenneの夕焼けはこんなに美しかった。

でも時を同じくして、
この美しいシルエットのGrandMosqueからアナウンスがあった。
イスラムを名乗る武装勢力がジェンネの北120km圏内に迫っていると。

僕は翌日(11日)の朝一でジェンネを離れ
14時間かかって逃げるように首都のバマコへ。

12日のニュースでフランス軍の介入が始まったことを知った。

バマコの民衆は凄い歓声をあげて、
フランス軍を称えていた。

双方に犠牲者が出ている、という点で手放しでは喜べない。
どんな背景で武装勢力が戦っているのか。
誰が支援をしているのかも真実は分からない。

でも僕自身、他国の民衆の命を救うために、命をかけて助けに来てくれた
フランス軍実行部隊の方たちの働きには涙が出そうになった。

現場では、戦争産業だとか軍産複合体の話などは一切出てこない。
家族や友人の命が危険にさらされているのだから、当然のことだと思うし
これが戦争がなくならない理由のひとつかもしれない。



陸路の国境は全て閉鎖された。
このタイミングでマリに来てしまったことは
ある意味運命かもしれない。


イスラム教や武装勢力のことを自分なりに調べてみた。
マリ人にたくさん質問してみた。

そこで分かったこと、感じたことをここに記そうと思います。
長文になってしまったので時間のある時にでも。。


11日にフランス軍の介入が始まるまで。
マリ政府はマリのムスリム界で英雄的存在であるハイダラ氏を
ネゴシエーターとして指名し、武装勢力の本拠地と化している
トゥンブクトゥに派遣していたようだ。

ハイダラ氏は武力を使った侵攻をやめるように説得を試みた。
武装勢力側もハイダラ氏に尊敬の念を表し
その場では合意をしていたようだ。

ただし、2,3日後にはまた侵攻が再開する。
またハイダラ氏が説得に向かう。

合意する。裏切られる。
再度、説得に向かう。

これを10回以上、繰り返した。
そして、最終的にはハイダラ氏の命が狙われた。

ハイダラ氏は、精根尽き果て、涙を流しながら、
「もう疲れた。彼らはムスリムではない、テロリストである。」
とマリ政府に伝えた。

それからフランス軍への援護要請に大きく舵が切られたようだ。


多くのマリ人がこのままフランスや西アフリカ諸国連合軍によって
武装勢力が殲滅されることを望んでいる。

イスラム過激派の武装勢力のことは
マリのムスリムの人もファッキンイスラムと言うくらいだから
ムスリムと言えども、理解することが難しいようだ。


そもそも何故、こんな状況が起きているのか。
もともとマリ北部の独立を求めていたトゥアレグ族が
マリ軍の一部のクーデターに乗じて、2012年4月に北部の独立を一方的に宣言。
しかし、トゥアレグ族は徐々に勢力を増したイスラムを名乗る武装勢力との戦いに敗北し、
モーリタニアやブルキナファソ、ニジェールなどの隣国へ。
それからは武装勢力が北部の実権を握り
マリの国土は北と南で分断された格好になっていた。



イスラム系武装勢力というのはWikipediaで調べただけでも
ものすごい数のグループが出てくる。


僕は以前から、彼らの目的が良く分からなかった。
目的が分からないと解決策も見つからない。
そうなると殲滅するしかなくなってしまう。

彼らも命をかけて闘っているわけだから
大切な理由があるはず。

いったんマリ北部の武装勢力に焦点をしぼって
彼らの闘う目的をマリ人の多くに質問してみた。

・厳格なムスリム法をルールとした国家を作ろうとしている。

この答えがほとんどだった。他には

・ムスリムの力を証明しようとしている。
・北部は砂漠地帯なので、南部に侵略してきている。
などの答えがあった。


シャリーアと呼ばれるムスリム法については
例えば、
・酒やタバコは鞭打ち
・盗みを犯した人物は腕や足を切断される
・婚外セックスは石打ちによる死罪(鞭打ちという話もある)
・ムスリムの棄教(離教)は死罪

世俗法に生きている者の感覚からするとかなり厳しい。

僕が出会ったムスリムの多くは隠れて酒やタバコを飲んでいる。
原理主義と言われる熱心なムスリムの人たちは
こういう現状を好ましく思っていないことも想像できる。


実際に今回、武装勢力に制圧された北部の町では
夜に町を徘徊していただけで、盗みをしようとしている
として腕を切断された方がいるようだ。






そして、もうひとつ。
こんなに厳しいムスリム法なので当然のことながら

・殺人は死罪

とのこと。

これはとても重要なポイントだと思う。

ここからは私見だが、仮に武装勢力の目的が

・厳格なムスリム法をルールとした国家を作ろうとしている。

のだとすると、新しい国家を建国した時点で、彼らは死罪になるはずだ。
彼らは自分の首を捧げるつもりだろうか。

この矛盾をどう処理する


今回のマリ北部の争いではジハード
(ムスリムが戦うことを認められている争い。
現在ではイスラムの土地を守る防衛戦争を指すことが多い。)
という言葉は一度も耳にしていない


ハイダラ氏がテレビで伝えていたこと
彼らの目的は、マリ北部で麻薬の密売ルートを確立することにある。
アラブから仕入れたものをヨーロッパに流すのが目的であると。


結局は、金銭目的なのだろうか。

彼らは本当にムスリム?
それともイスラムのヴェールを被ったテロリスト?


直接会ったことも話したこともないので
僕が結論づけることは不可能。


ただ、唯一言えることは、
危険な思想を持ったテロリストは皆殺しにするしかない、
という考えもまた危険すぎる思想。


彼らの危険な思想をどうやったら改めることが出来るのか
彼らの豊富な武器や資金はどこから来ているのか
それを考える努力を忘れてはいけない




僕が今このマリでやっておきたかったこと。
それは「two choices」と「One pure smile」のメッセージを伝えること

首都のBamakoではLiveMusicは全面的に中止されているので
色々と模索した結果、50kmほど離れたKalassaという小さな村で
自分が歌う場を作ることが出来た。



いまマリ北部で闘っているイスラムを名乗る武装勢力は
もともとマリに住んでいた人たちなのか、もはや良く分からない。

ただし、事の発端となったトゥアレグ族に関しては
マリ人の中にも「友達がたくさんいる」という人が多い。
トゥアレグの中には武装したものもいれば、非武装の一般人も当然いたであろう。
争いがひと段落したらマリで共に暮らす時がくるかもしれない。


僕がルワンダで学んだことは
たとえ相手を許すことが出来なくても、まず相手の存在を受け入れること。
そして、時間をかけて少しずつ少しずつ相手を理解していくこと。
ルワンダの2つの民族は今、大量虐殺を乗り越えて共に暮らしている。

そして、もうひとつ。
武器を持った相手を目の前にしたとき、
殺すか殺されるかの究極の選択だと思ってしまう。
でも、ひとりも人を殺めないと心に誓った人には
別の選択肢が出てくるはずだと僕は信じている。
それは、共に生きるという選択肢。
ルワンダでも、誰も殺めることなく自分も殺されることなく
生き残った人がいる。



歌う前に現地のバンバラ語に訳して
メッセージを伝えてもらった。

どれだけ伝わったかは分からない。
でも、拍手が沸き起こった。


ライブの後、この村を歩いていると、
人々は「Mercy!(ありがとう)」と声をかけてくれる。

これは初めての体験。

僕が直接、伝えられたのは50人強くらい。
自分が出来ることは小さく、限られているけれど
何かが伝わったことは確かな気がした。

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その後、バマコに戻って
自分が出来ることを模索していた。

一度、とある高校のひとクラスで
10分だけ時間をもらって歌わせてもらえる予定だったが
結果的には、セキュリティのことを考慮してNGになった。

その代わりにフランス語に直訳した歌詞を
全校生徒に配って頂けるとのこと。


すごい悔しいけど
今、このタイミングで出来ることは
ここまでだと感じる。。


いろんなことがドタキャンになることが多くて
少し疲れてしまった。。この情勢ならば無理もない。


まだ北部の争いは終結してないけれど
マリを離れることにします。


次に訪れる時には

平和で音楽の溢れるマリに
戻っていることを祈って

http://charulog.exblog.jp/i2/
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by charu725 | 2013-02-04 04:56 | Mali | Comments(1)