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世界一周のうたたび ちゃるのあしあと


うたう旅人「ちゃる」のブログ Singing is Drawing ~歌うことはつないでいくこと~
by charu725
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7/30-31 Tallinn Estonia

バスにてサンクトペテルブルグを10時10分に出発。
5時間半ほどでタリンに到着。
国境もスムーズに通過できた。


曇り空が残念だけど町の散策。

バルト三国のひとつエストニア。
通貨も2011年からユーロへ移行。
旧ソ連圏の国では初めてのようだ。

IT産業が盛んらしく、Skypeもタリンで生まれたらしい。
ありがたいですね。


そして、ほかのバルト三国と同様、
韓国人と中国人を本当に良く見かける。

Town Hall Square
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路上のアーチェリー場をちらほら見かける。
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レストランの客引きは
民族衣装を着た人が多くて可愛らしい。
ちゃんと写真撮らせてもらえば良かったなぁ

城壁
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露店が並んでいる
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そして、この町の教会はどれも神聖な雰囲気が立ち込める。
非常に静かだ。

St.Nicholas' Orthdox Church
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St.Peter & Paul's Cathedral
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St.Nicholas'Church and Museum
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Alexander Nevsky Cathedral
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St.Olav's Church
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とっても路上で歌いたい気分だったのだが
雨がパラパラと降ってくる感じで
ちゃんとは歌えませんでした。

ただ、ちらほらとお金を入れてくれる人がいました。
白人と黒人も。有難いです。

どんどん白人の白さが白くなってる気がするのは
気のせいかしら。。



さて、明日からいよいよ北欧、フィンランド。
色々と食糧を買い込んだ。

どんだけ高いんだろう。。

恐ろしいけど、
それを楽しむ方向に持って行きたいです。
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by charu725 | 2013-07-31 02:22 | Estonia | Comments(0)

7/25-29 St.Petersburg Russia うたうた♪

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モスクワを02時05分に出発した夜行列車は
サンクトペテルブルグへ11時31分ぴったりに到着。

RedHouseという宿にチェックイン。
スタッフの方は日本が好きみたいで、
とても歓迎してくれた。

昨夜の良き思い出の余韻に浸りつつ
今日が誕生日なんだーと告げると
「夜にお祝いしなきゃね!」って伝えてくれた。

仮眠をして、パソコンをいじってると
今日が誕生日の人がいるでしょう?
と宿のオーナーが駆けつけてくれた。


なんとティーカップのプレゼント!
そして、キッチンにてウォッカパーティが始まった。
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これはやばい。。
3杯でかなり酔っぱらい。。笑


そして、当然のことながら歌う流れに。。

24時を回っていたので、1曲だけ歌うことにしたのだが
1曲では終わらない雰囲気。。
オーナーがさらにウォッカを買って来て。。。笑


結局5曲ほど歌わせて頂きました。


one pure smile
two choices
Drawing
Nomad

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記憶はあります。
本当にありがたいです。。笑

昨日に引き続き素晴らしい
思い出が出来ました。



翌日からは街の散策。

まずはPeterhofへ。
バスで40分くらいで行けます。

ベルサイユ宮殿まではいかないもののやっぱりデカイ。
噴水の数が半端ない
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苦行ですか
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Peterhofの目の前にあった教会
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かなり良い味出てました。
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ローカルピープルがたくさん居て
結婚式を挙げているカップルが2組。

市民に愛されてる教会なんだと思います。
名前も分からないけど。。


サンクトペテルブルグの散策。
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St.Peter&Paul Cathedral
空高くそびえるカテドラル
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近くにあったモスク
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The Savior on Blood Cathedral
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外もかっこいいけど、内壁もかなり素敵です。
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Isaac Cathedral
こちらもかなり豪華なカテドラル
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Kazan Cathedral
一番神聖な雰囲気を感じたカテドラル。
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観光客よりもローカルピープルで溢れていた。
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少ししたらミサが始まった。
とても澄んだ歌声が優しく重なり合う。
上階で歌っていたので詳細は分からなかったけどたぶん女性2人男性2人。

ついつい近くで聴きたくて、prayerスペースのすぐ真横まで行ってしまいました。
うんうん、来て良かった。


The State Hermitage Museum
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Leonardo Da Vinci
ダヴィンチの絵はやっぱり不思議
隠された何かを感じる
Madonna and Child(The Litta Madonna)
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Leonardo Da Vinci
Madonna and Child(Madonna Benois)
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Michelangelo
The Crouching boy
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James Cox
The Peacock Clock
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生歌も聴けました
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Francois Flameng
Napoleon I and the King of Rome at Saint-Could in1811.1896
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Jean-Leon Gerome
Slave Women Sold
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Leon Bonnat
In the Mountains
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Auguste Renoir
Young Woman with a Fan
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Claude Monet
Lady in the Garden 1867
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Vincent Van Gogh
Bush 1889
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Pablo Picasso
Woman Playing a Mandolin
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Pablo Picasso
Violin and Guitar
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そしてアジア文化を扱ったフロアも。
日本の文化がいかに固有のものであるかが改めて分かった。
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Russian Museum

Pavel Filohov
Live Head
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Pavel Filonov
Fishing Schooner
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Vasily Vereschagin
In Jerusalem Tsar's Tombs
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VictorVasnetsov
Our Lady
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Ilya Repin
Sadko
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Khariton Platonov
Hired worker-woman
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Nikolay Bogdanon Belsky
At the school door
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Arkhip Kuindzhi
Rainbow
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Stepan Bakalovich
Praying of Khons
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Henryk Siemiradzki
Phrine at the Festival of Poseidon at the Eleusinia
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Ivan Aivazovsky
The Wave
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Ivan Aivazovsky
A Moonlit Night
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Ivan Aivazovsky
The Ninth Wave
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是非、ご自身の目で見て確かめて下さい。


そして、RedHouseのオーナーやスタッフが
とても気に入ってくれたみたいで
最終的にもう一度歌わせて頂きました。

こういう強い結びつきは本当に有難いです。
また是非、訪れたいと思います。
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by charu725 | 2013-07-30 05:22 | Russia | Comments(1)

7/22-24 Moscow Russia うたうた♪

リガを19時15分に出発した夜行バスは
21日の23時半過ぎにラトビア側の国境に着き、
22日の0時過ぎにロシア側の国境を抜けた。

ビザは22日からだったので
シェンゲンを1日無駄にするもなくベストな形で抜けることが出来た。
実際は21日に着いちゃってもロシアビザ的には大丈夫のようだけど。


そして朝の11時前にモスクワに到着。

街の雰囲気はベラルーシを彷彿とさせる。
どちらも共和制国家で、歴史的にも関係が深い。

Bolshoi Theater
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Red square
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St.Basil's Cathedral
素晴らしい
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中もこれまでのヨーロッパではあまり見たことのない感じ
これがロシア正教会なんだ
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Cathedral of Christ the Savior
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どうやらセレブレーションらしく最後尾がどこか分からないくらいの長蛇の列
中に入るのは諦めました。

クレムリン前の広場には
ん?ミッキー??
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本物なのか偽者なのか微妙なライン。。
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Kremlin
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The Ivan the Great Bell-Tower Ensemble 16C-17C
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The Assumption Cathedral 1475-1479
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そして、夕方からは
1年前にタンザニアのザンジバル島で出会った
ロシア人のエレーナと再会。
車で色々回ってくれました。6ヶ月の赤ちゃんも一緒♪

VictoryPark
第二次世界大戦後に出来た記念的公園
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戦争を忘れないように
という主旨の言葉が各国の言語で刻まれている
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途中から旦那様も合流
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この公園ではランタンをあげる人が多く見られる
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噴水は夜には赤でライトアップされる
赤は血の意味。
これにも戦争を忘れないように、という想いが込められている。
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もっと暗い時間帯だとさらにカッコ良かった。
車から眺めたので写真撮れなかったけどここはオススメです。


ロシアにしかない、というリャビーナという花の前で
めっちゃすっぱいけど、食べれます
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夜のモスクワはかなりゴージャスな雰囲気が出てました。
パリのシャンゼリゼ通りみたい。


1年ぶりの再会で小さな赤ちゃんがいるにも関わらず
色々と尽くしてくれたエレナ夫妻に感謝です♪





そして7月24日は久しぶりに路上で歌ってみた。
途中で雨が降って来ちゃったので6曲くらいしか歌えなかったけど。
394.2ルーブル

んでもって、友達になったミュージシャンが
今日の夜にChistyePrudyメトロ駅の前でアンプありで路上Liveやるので来てよ!
と誘ってくれた。


今夜は移動日だったので
全部の荷物を持って、待ち合わせの場所へ。

こんな感じの編成でなかなか面白い音楽を奏でている。
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すると、彼が手招きしてくれて歌って良いよ♪と。

僕のギターはエレアコじゃないので
彼のギターを借りることに。

Drawing
Nomad

を歌わせて頂きました。

バックメンバーもその場で合わせたくれた。
コードはめちゃくちゃだったけど、とても楽しい時間。

マイクあるので必然的に立って歌うことになった。

今更ながら、立って歌った方が楽しいことが判明。


全身で表現できるし。
何より自由だ。


近々にギターストラップを
どこかで手に入れようと思います。


そして、この場で聴いてくれてた人が
すぐに声をかけてくれました。

サハリンに住んでるというおじいちゃん。
全然言葉は分からなかったけど、とてもいい笑顔の人。

仏教徒のロシア人青年。
彼からはチベット仏教のリンポチェから貰ったという
紐のようなネックレスをその場で頂きました。

そして、日本の文化に興味がある女の子。
ロリータ?の服に身をまとっていた彼女たちは
サンクトペテルブルグの見所を色々と教えてくれた。
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23時くらいに演奏は終了して、
バンドのメンバーと共にそのまま24時をまたいで7月25日。
HappyBirthdayを歌ってもらう。

さらに、メンバーの家にみんなでお邪魔することに。

とても仏教に関心が高いらしく、こんな感じの部屋。
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「愛」が逆さまだった。。笑
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とにかくまたまた面白い誕生日となりました。
一緒に過ごしてくれたメンバーのみんなに感謝♪


さて、この足で鉄道駅を向かい、
02時05分発の夜行列車に乗ります。
次はサンクトペテルブルグ!


33歳、住所不定無職。
まだまだ旅は続きます。
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by charu725 | 2013-07-24 23:44 | Russia | Comments(1)

7/20-21 Riga Latvia

シャウレイを16時45分発のバスに乗って
2時間半ほどでラトビアのリガへ到着。

近いなぁ。
早速、ロシア行きのバスを予約してからチェックイン。

町の散策。

首都だけどこじんまりとしたオールドタウンで
軽く歩いて回れちゃう。
なかなか好きな感じです。
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St.Peter's Church
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Riga Dome Church
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Powder Tower
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National Opera
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レストランではかなり爆音でLiveMusicを演奏している。
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おじちゃんがいい味だしてる。かなりうまい。
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ラトヴィアンミュージック
民族衣装を着て小踊りしたくなるような音
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翌日、久しぶりに路上で歌おうと思ってたのに
あいにくの雨。。残念。


でも、日本の選挙結果が気になって
夜も寝れないくらいだったので
これで良かったのかも。



今日の夜行バスでモスクワへ向かいます。
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by charu725 | 2013-07-21 22:03 | Latvia | Comments(0)

7/20 Siauliai Lithuania

ビリニュスを朝の7時50分発のバスに乗り
3時間半くらいでシャウレイに到着。

ここで荷物を預けて、ヨニシュキ行きのバスに乗る。
12時15分発。(他には13時10分、14時15分、15時40分など)
15分くらいで途中のドマンタイにて下車。

ここから2kmほど歩いて
いよいよ見えてきた十字架の丘
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ひっそりとした丘を想像していたのだけれど
めっちゃ人いっぱい。。
ていうか、丘っていうほどの高さも無い気がする。。笑
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すごい数の十字架
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いろいろ調べてみると、、発端は
ポーランド人、リトアニア人がロシアに対して蜂起した11月蜂起(1831年)の際に
反乱兵の家族が彼らの遺体の代わりに十字架を建てたのが始まりのようだ。

それ以降、ここに十字架を立てることは
平和、死者たちのための祈り、宗教や遺産への忠誠心、非暴力による抵抗
などを示してる。

軍人の姿もあった。
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ん、、なんか違う。。??笑
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お土産屋さんに十字架売ってるので
新たに建てようとしてる人もいました。
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今日はあまり風情を感じなかったけど

雪景色の時だったら
さらにカッコ良いんじゃないかなと思う場所でした。




さて、今日はラトビアまで行くつもりなので
もと来た道を戻り、
14時03分のバスに乗ってシャウレイへ。(他には13時03分、15時00分、17時25分など)
シャウレイの駅ビルで時間をつぶして
16時45分のバスでラトビアのリガへ向かいます。(他には18時45分)



リトアニアは雨が多かったのだけれども
英語も通じるし、
笑顔でコミュニケーションのできる素敵な国でした。
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by charu725 | 2013-07-20 20:09 | Lithuania | Comments(2)

7/18 Kaunas Lithuania 杉原記念館

ビザ待ちの間に、日帰りでカウナスへ。
バスで1時間半くらいで行ける。

アユシュビッツ訪問の際に知った杉原千畝さんの記念館、
杉原記念館(SugiharaHouse)へ。
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「葦のようにしなやかに 木のように硬くなるな」

その言葉から始まる、10分間ほどのムービー。

ドイツのポーランド侵攻から1年間ほどのち1940年の7月。
リトアニアの領事館に勤務していた杉原さんは
館外が異常に騒がしいのに気がつく。
窓を開けてみると、たくさんのユダヤ人が押し寄せていた。

ナチスの迫害から逃れるためにポーランドなどから流れてきたユダヤ人たち。
彼らはカリブ海に浮かぶキュラソー島に避難するという名目で脱出を試みていた。
そこにたどり着くには、ソ連、日本を通過するルートしか当時はなかった。
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ソ連はユダヤ人がソ連領土を通過することを認めたが
条件として日本のビザを持っていること、とした。

そのため、多くのユダヤ人が日本領事館に押し寄せていたのである。


当時は、日本とドイツは日独防共協定を結んでおり
仮にユダヤ人などに日本通過のビザを発給するとなると
ドイツへの反逆とみなされる可能性もあったようだ。

杉原さんは日本の外務省へ連絡して2度に渡って
ビザ発行の許可を得ようとしたが返事はNOだった。
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悩み続けた結果、独断で、
日本通過を許可するビザを発行。


のべ1600人に発行して6000人の命を救ったと言われる
「命のビザ」
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その後、ソ連軍によって日本領事館は閉鎖され、
杉原さんは列車に乗ってリトアニアを離れることになるが
その列車にまでユダヤ人が追いかけてきてビザを求めた。

杉原さんは、その列車が出発する最後の瞬間まで
ビザを発行し続けた。


命のビザのおかげで助かった人たち
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日本から様々な場所へ避難している
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一連の行動により免官となってしまうが
命のビザのおかげで助かった多くのユダヤ人が杉原さんの消息を追っていた。
日本へ帰国した際には、その時イスラエルの参事官となっていたニシュリと
28年ぶりに大使館で再会を果たされたそうだ。

イスラエルからは日本人では初で唯一の
「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」が贈られている。


「一人を救う者は世界を救う
六千人もの命を救った杉原さんは宇宙をも救う」
救われたユダヤ人の言葉。


杉原さんの当時の回想
「もし同じような状況に、もう一度置かれても、また同じことをするだろう」



戦時下で日本とドイツの関係を悪化させる可能性がある。
その中で、目の前にいる人の命を救うという判断。

この判断が正しいのかどうかも良く分かりません。


でも人権を何よりも尊重した行動に、
涙が止まりませんでした。


日本人でなくとも
是非、訪れてほしい場所です。
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by charu725 | 2013-07-20 03:31 | Lithuania | Comments(0)

7/17-19 Vilnius Lithuania

23時20分にミンスクを出発した夜行列車は
明け方の3時50分頃にビリニュスに到着。

宿は近かったので歩いてチェックイン。

少しだけ仮眠をしてから
ロシアビザ申請に向かう。

旅行代理店で10日間の保険(22リタス)と
3営業日後受け取りのエキスプレス申請。408リタス。

水曜の9時頃に申し込みをしたので
急ぎで対応してくれて金曜の午後に受け取り成功。



街の散策。

Akademinis Doramos Teatras
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ちょっと怖い
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ビリニュスは教会だらけです。
旧市街を歩いていると
どこからでも教会の尖塔が見えてくる。

St.Catherine's Church
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CathedralBasilica 1387年
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GediminasCastleTower 10C~14C
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St.Anne and Bernardine Church Ensemble 15C~16C
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St.Johns Church 15C~16C
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Gates of Dawn 1514年建設、1829年改築
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裏側に人が集まって、聖歌を歌ってました
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そして、この街でとっても面白い場所を発見。

Uzupis
街の東にあるヴィルネレ川を渡ると
1997年に勝手に”独立”を宣言したウジュピス共和国へ。
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どうやら国としては正式に認められていないようだけれど
芸術共和国といった趣き。

大統領や国家、憲法もあるみたい。。

国を守護する Uzupis Angel
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町の壁に貼ってある憲法。
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町の至るところにユーモアが
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誰が始めたのか良く分からないのだが
独立宣言しちゃうくらいの
このスタンスがとても気に入ってしまった。

4/1が独立記念日で、
この日だけは橋を渡るのにパスポートが必要とのこと。。笑

さらには、土産物屋さんにポストオフィスもあって
ここから送ると、Uzupisの消印になるみたい。

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自分はロシアビザ申請中で無理だったけど
パスポートにもスタンプ押してくれます♪
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by charu725 | 2013-07-20 03:08 | Lithuania | Comments(0)

7/16 Minsk Belarus

キエフを0時45分発の夜行列車に乗って
ベラルーシのミンスクへ向かう。

これが16時間近い長旅でした。

車内で色々とベラルーシの人々が
教えてくれるのだけど、やっぱり英語は全く通じない。。


そして、首都のミンスクに到着しても同じ状況でした。
英語表記は皆無なので気をつけて。


電車のチケットを買う時に後ろに並んでいた
学生風の男の子が唯一、片言の英語を話せました。
彼のおかげで何とか、リトアニアのビリニュス行きのチケットをゲット♪
本当にありがたいです。

それから荷物を預けて、散策。
鉄道駅ではフリーマップも貰えなかったので
ひたすら歩くことに。

駅前
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鉄道駅
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ヨーロッパ最後の独裁政権と言われるベラルーシは
1994年に当選したルカシェンコが今でも現役の大統領。4選目。
2011年にユーラシア連合構想に合意しているが、まだ実現はしていない。


首都ミンスクの第一印象はスケールがデカイというか、、
道も広いし、大きな公園もいっぱい、たいそうな公共施設ばかりが目に入る。
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お腹が空いていたのだが
この町、小さなお店が全く見当たらない。

地下道に下りてみると、
隠れるように少しばかり商店があるくらい。

信号機はフラット
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経済は逼迫しているようだが
道行く人々から、そういう気配は感じない。


駅から北の方角へ歩いてみる。
公園みたいな所を発見。
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フットサルコートなどもあるが向こうに観覧車が見える。
どうやら遊園地のようだ。

入場料は特になかった。
観覧車は12000ベラルーシルーブル(133円ほど)
と激安だったので見所を探すためにも乗ってみた。
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ひとりで観覧車に乗るというのは初めての体験。。笑


とりあえずポップコーンでも買って気分を盛り上げてみる。
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うーん、景色は普通で特に面白くない。。
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見所を探したけれども
この付近には見当たらない。。

でも、一人でポップコーン片手に揺られているこのシチュエーションが
面白くてニヤニヤ写真を撮りながら終了♪

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ほかにもたくさん遊具があった。
どれも似たような料金なので
ひとりじゃなければ、遊んでみても良いかも。



観覧車から見えた、タワーみたいな場所に向かうことに。

途中、この公園の正式な入り口みたいな所があった
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ロバ?ラマ?
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広場にはダンスの練習してる人がいっぱい。
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そして、タワーにつくと
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それはソ連時代の英雄都市の記念碑だった。
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地下はこんな感じで異彩を放っている
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帰りがけに見つけたサーカス場
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マックを発見したので夕食をとる。
店内はベラルーシの若者で溢れていた。


最終的には鉄道駅の西側に教会を見つけた。
21時過ぎてたので閉まってたけど。
聖シモン聖エレーナ教会.
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日本の国旗も
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散策はこれで終了。

現地では言語が通じないので情報を得られなかったけど
ベラルーシはチェルノブイリの被害を最も受けた国とも言われます。

日本とベラルーシは放射能汚染の対応について
協力関係をとっているようです。

現在では汚染地域のほぼすべての学校で、
誰でも無料で食品を検査できる環境が整っている。
それだけ食材からの影響が大きいということ。


測定できるだけではもちろん根本的な解決にはなってないのですが
日本でも政府主導でこういった対応がなされることを望みます。

ベラルーシに関しては
調べると色々と出てきます。

まだまだ学べることがたくさんありそうですが、、
このまま夜行列車でリトアニアへ向かいます。
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by charu725 | 2013-07-16 02:40 | Belarus | Comments(0)

7/9-15 Kiev Ukraine

キシナウをバスにて朝7時半に出発して
10時間ほどでキエフに到着。

途中の道は一面ひまわり畑のような場所が
たくさんあってとってもきれい。


キエフはウクライナの首都だけあってデカイ。。
見所も多し。

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そして何より、町ですれ違う人たちの美女率高し!笑
噂は本当でした。


北の市街には高台が至る所に
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教会はモルドバ同様、シンデレラ城みたいな教会ばかり
聖アンドリーイ教会
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聖ソフィア大聖堂
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聖ミハイール修道院
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ツーリストインフォメーションはこちら
唯一、英語通じました
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ベラルーシビザの取得
申請用紙1枚、写真1枚、出国チケット
48時間のトランジットビザは無料
午前中申請の即日12時発行でした。受付日時は以下のみです。
月曜: 9:30-13:00
火曜:14:30-17:00
木曜:14:30-17:00
金曜: 9:30-12:00


キエフは2,3日で出る予定だったのだが
ベラルーシ大使館がネットワークの不調でビザが発行できなかったり
チェルノブイリツアーで申し込みに時間がかかったりで
結局6日も滞在することに。。


チェルノブイリ博物館と
チェルノブイリツアーについてはこちら


僕自身は実際に足を運んでみて良かったと思う。

今日の夜行でベラルーシに向かいます。
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by charu725 | 2013-07-15 02:10 | Ukraine | Comments(0)

チェルノブイリを訪問して想うこと about Chernobyl

チェルノブイリツアーに参加するにあたって
事前勉強のため、まずはキエフのチェルノブイリ博物館へ向かった。

日本語のオーディオガイドがあるので
展示物の意図をきちんと理解するためにも
レンタルすることをお勧めします。(入場料10、写真20、オーディオ50グリブナ)


入ってすぐにこのフロアが
福島のためのものであることが分かる。
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2階に上がると、チェルノブイリの展示場。
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チェルノブイリの4号炉が爆発したのは
1986年4月26日午前1時過ぎ。


最初の犠牲者たちは運転員の方々。
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事故直後、逃げるか戦うかの選択の中、戦うことを選んだ人たち。
操縦不能の中での決死の作業にあたった。

原子力発電を推進した博士は「安全だ」と政府に言い切った。
事故当初は、運転員が作業ミスとして責任を負わされたが
構造上の欠陥であった可能性が高い。


事故前のジオラマ
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爆発、火災発生
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沈下後
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シェルターで覆う
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水素爆発を起こし、屋根が吹き飛んだ。
火災発生、消防隊の活躍など
福島と同じような経過を辿っていることが分かる。


事故10日から三ヶ月の間で30km圏内116000人が永久退去。
原発の処理作業に従事した人をリクビダートルと呼んだ。

リクビダートルの方たち。
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亡くなった方にマークがついている。
25年間で45%のリクビダートルが亡くなり50%が障害者になった。

市民は危険性について知らされていなかった。
政府は隠蔽した結果、健康被害が広がった。
4月29日当時の新聞では赤字の部分だけの扱いだった。
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事故10日後にはじめて安全対策の話。
事故19日後に公式発表。

市民の強制退去は三日間の一時的なものとされたが
結果的には永久退去となった。


石棺の寿命は20~30年と言われる。
今は改善が必要な時期となっている。

放射能の問題はいまだに解決できていない。


放射量は広島に落ちた原爆の100倍。(400倍という話もある)
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広島、長崎、チェルノブイリ、福島。
すべてはつながっている。




7/13 チェルノブイリツアーに参加

当然のことながら僕は専門家ではありません。
この記事はツアーをオススメするものでもありません。
調べたこと、感じたことなどをここへ記します。


各国の放射線基準値
ウクライナ 0.3マイクロシーベルト(μSv)毎時
ロシア   0.5マイクロシーベルト(μSv)毎時
日本    0.23マイクロシーベルト(μSv)毎時

チェルノブイリのガイドが持っていたガイガーカウンターは
ガンマ線のみ計測できるものでした。
(放射線にはベータ線、アルファ線、ガンマ線などがあり、透過性が一番強いのはガンマ線。逆に内部被爆で影響が高いのはベータ線、アルファ線)

ガイガーカウンターが検知することが出来るのは「放射線の数」で
1秒間に出る放射線の数を表わすのが「ベクレル」という単位が本来。
野菜や土壌の汚染度合いを示すときに使用される。

放射性物質によって、それぞれが出す放射線のエネルギーが違うので
放射線の数を測定しても、その放射線のエネルギーを考慮しないと
正確な被曝量(μSv)は分からない。

そして、「シーベルト」は、放射線によって人体が受ける影響を示す単位。
ガイガーカウンターの数値はベクレルに係数をかけてシーベルトを推計している
というのが実情のようです。


当然、こんな説明はありません。


ガイドは「飛行機に一回乗った時の被爆量よりも少ないから安全」

ということを前置きとして伝えて、チェルノブイリツアーはスタート。
(飛行機の被爆量は高度にもよるが4~5μSv毎時のようです)


まず、30km圏内のチェックポイントを通る。
ここではパスポートと服装のチェック。
足や腕が完全に隠れた状態じゃないと通過できない。
足元の方が放射線量が高いので、サンダルなども禁止。

30km圏内

保育園
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胸の高さ 0.25μSv毎時
付近の草花 9.5μSv毎時


10km圏内。

炉心爆発した原発4号炉が見える場所

左の建物が4号炉
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胸の高さ 1.5μSv毎時


ゴーストタウンと呼ばれるプリピャチ市の見学

途中で雨が降ってきた。
直感的に嫌だな、、と感じた。

チェルノブイリでは月に2度くらいしか降らないようだ。

しかし、ガイドは笑顔でこう言う。

「君たちはラッキーだよ。雨なら埃が無くなるから、もう心配はいらない。
どれだけ呼吸しても大丈夫。さぁ外を散策しよう」

と大雨の中、外に飛び出した。


空気中にある放射性物質が雨で下に落ちるから
内部被爆をしずらい、という意味なのかもしれないが


降り始めの雨は放射性物質がたくさん含まれているだろうし
それが衣服についたり、口から体に入ったりなどを考えると、
意気揚々と外に出る気にはなれない。

彼の言葉をどこまで信じて良いものか。。


参加者は一度、外に出ようとしたものの
雨が強すぎて、すぐに皆バスの中に戻ってきた。


その後、小降りになったところで
散策を再開。

ホテル
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文化センター 胸の高さ 2.8μSv毎時
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体育館
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レッドフォレストと呼ばれる森林は高濃度に汚染されている。
森林があるおかげで人体への影響が少なく済んでいる可能性もあるという。


スーパー
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旧消防署
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爆発でこのような状態になったのではなく
全て人の手で荒らされたということです。


5/1のメイデーにオープンするはずだった遊園地
一度も動くことはありませんでした
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胸の高さ 0.7μSv毎時

足元の草
見えにくいけど本日最高の数値 17.19μSv毎時
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計測の仕方によっても、数値は変わってきてしまうので
どこまで信用すべきかは難しいところであるが、少し計算してみる。


日本の環境省が示す基準値の0.23μSv毎時は
追加被爆線量が年間1ミリシーベルト以下になるよう計算されている。
基準値の中には元々存在する自然界からの放射線0.04μSv毎時も含まれている。
0.23‐0.04(自然)=0.19μSv毎時(追加被爆)

仮に自然界からの放射線が同じだと仮定すると、このポイントでは
17.19‐0.04(自然)=17.15μSv毎時(追加被爆)

年間1ミリシーベルト=1000μSv

この場所にピンポイントで停止してると
1年分の1000μSv  には58.3時間で到達。
1日分の2.7397μSv には9.5分で到達。
1時間分の0.1141μSvには24.9秒で到達。
ということになると思う。


もちろん、ここには近づかない。


散策はこの辺りで終了。


10km圏のチェックポイントに戻り
手足など各部の放射線をチェック。
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この際の判断基準は不明。
もちろん自分が受けたトータルの放射線量などは測れないはずなので
体の各部に放射性物質を多量に発するものがついていないか
をチェックするものだと思われる。

説明がなかったので質問したが
いろんな数字の単位が出て来て理解できなかった。。
申し訳ないです。
(理解された方がいらっしゃいましたら教えて頂きたいです)



とりあえず、このチェックポイントは全員無事に通過。


僕は風邪防止用のマスクと靴の上に履いていたビニール袋を
廃棄物のゴミ箱へ投函。



そして、昼食をとって行程は終了。

新しい消防署前
事故の時に放射線を浴びながら消火にあたった消防士たち
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入り口
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チェルノブイリを後に、一路キエフへ。







宿に戻って、念入りにシャワーを浴びる。



今日のチェルノブイリツアーは
何とも言いがたい気持ちだった。


普通の私服で訪問することになるので
本当にこれで良いのだろうか、という疑問は常にあった。

喉だけは守らなくてはいけない。
マスクを着用した。

靴には放射性物質がより多くつく可能性がある。
ビニール袋を靴の上から履いた。
この姿はガイドに笑われた。

身にまとっていたものは終了後、全て洗濯した。

ガイドは洗えば大丈夫だって言ってたけど
いろいろ調べると洗濯しても10%ほどは残留してしまう可能性があるようだ。


ちなみに事前に頼めばガイガーカウンターもレンタル出来たらしい。
カウンターだけに意識が向くのは良いことではないけど
最終的に自分の衣服や履いてた靴をガイガーカウンターで測ってみたかったとも思う。



チェルノブイリツアー関連に従事する人たちは
飛行機に乗った時の被爆量を引き合いに出して「安全」だと言います。

彼らはプロだから、
彼らの言葉を信じるべきかもしれない。
過剰な防備は現場で作業してる人に対して失礼かもしれない。

でも、最終的には自分で自分の身を守るしかない。

空気中に飛んでいる放射性物質を呼吸で吸い込んだり
衣服に付着させたりする可能性は、飛行機よりも原発付近の方が高いのではないか。

そういうものへの対処方は個々人で考えた方が良いと僕は思います。


4号機の石棺も老朽化しているので
これからツアーに参加しようと思ってる方々には
現地で最新情報を得た上で、多角的に判断して頂きたいです。
もちろん、この記事も鵜呑みにすることのないようお願いします。




そして、何より僕は日本人なので
福島のことを考えずにはいられません。

投票権がない自分が言える立場ではない。

でも、この言いようのないモヤモヤした不安の現場で
今でも作業している人がいて、付近には生活してる人もいる。

安全なんて言葉はあってないような言葉であり
安全という言葉を使う人自体、信用するべきではないと思います。


原発を手放すことが出来ないということは
今後、日本全土がチェルノブイリや福島の状態に陥る可能性があるということ。


さらに原発輸出を推進するということは
世界中をこの状況に落とし入れる旗振りをしているということ。

そして、人類が最も大切にしなければいけない「食」
第一次産業を崩壊させる恐れがあること。

僕は日本人であることを誇りに思って旅をしていますが
原発輸出関連の記事を見ると、
恥ずかしくて申し訳なくて仕方がありません。


財政が問題であるならば
原発停止から再生可能エネルギー実用化までの費用をどうやって生み出すか、
それを国民と一緒に考えるべきだと思います。

電力不足が問題であるならば
移行期間にどう電力を賄うのか、節約するのか
それを国民と一緒に考えるべきだと思います。


この具体的な戦略こそが議論されるべき点であり
各論を並べて本論を曲げるようなことがあってはいけない。


そして、実用化した再生可能エネルギーを海外に発信していく。
これが日本に求められている最優先の事項だと思います。


僕はチェルノブイリ、福島の現場付近も
命が住めない場所になってしまったとは思ってません。


事故から27年

チェルノブイリでは
白樺の木がコンクリートを突き破って生えていました
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野生の馬がいました
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花も咲いていました
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何十年、何百年かかるか分からないけど
きっと人間も住める土地になります。


広島、長崎、チェルノブイリ、福島。
全てはつながっている。
でも、これ以上繰り返すことは許されません。


命が住める土地に再生していく
その義務が僕たちにはあると思います。


日本でがんばる皆が
最良の選択をされますように


いま自分にできる
精一杯の想いを込めて
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by charu725 | 2013-07-14 03:27 | Ukraine | Comments(3)